書き溜め

君が見る時代に惜しみない愛を @evergreentdy

大倉くんの言葉とともに2019年を振り返る

 

 

 

 

2019年、色々あった一年だった。ってもうしつこいくらいに言ってるし、去年も同じようなこと言った気がするけど。

アイドルを人生のほんのすこしの娯楽程度にしていたら抱かずに済んだであろう不安とか、こんなにも彼らにのめり込んでいなかったら味わわずに済んだであろう絶望とか、今年は本当に多かった。なんなら去年よりしんどかったな、と、今になって思う。

それでも、彼らを好きにならなきゃよかったと思ったことは一度たりともなかった。もやもやの最中にいるときは心に暗雲が立ち込みはすれど、その先に待ってる希望をひたすらに信じてしがみついてたし、彼らから一瞬たりとも目を逸らさずにいられた。

それに、その先に待っていたのだって、こんなに彼らのことを好きじゃなかったら感じられなかったであろう、何にも代えがたい多幸感溢れる今だった。

 

関ジャニ∞がいればなるようになるんだなぁということを、すごく思い知らされた一年でした。

 

 

 

 

今年は特に、大倉くんの言葉たちに救われた一年だった。

ので、2019年の大倉くんの言葉を振り返ります。大倉くんは「もう過去を振り返るのはこれで充分」と言っていたけど、今だけ、ちょっとだけ許してください。

 

 

 

 

2018年末のレンジャーでファンからの質問を募集し、2019年1月3日から少しずつそれらに答えてくれた大倉くん。

印象的だったものをニュアンスで抜粋する。

 

(GR8ESTのパンフレットでこの一年が終わる時いい乾杯ができたらいいねと言ってましたが、いい乾杯はできましたか?)

どこを一年にするかだけど、いい乾杯したいよね^_^

(今のエイトとこれからのエイトについてどう感じているか)

 言葉を口にしたら空気にふれて形が変わるように思う。自分の夢も叶った時にしか口にしない。

 想いをわかられながら仕事するなんてつまらないじゃない

 みんなが弱ってる時、安心してくれるならその時は解放して本音で語ります

 定型文に入ってそうな文で言うと、がんばります

 いつか振り返るべき時が来たら話すよ。全部じゃつまらないから8割話すよ笑

(絶望が続いて光が見えない時、大倉くんならどうしますか?)

 光が見えた時に、なるべく続くように暗闇の中で準備しておく

(大倉くんの目指していきたいことがどうしても見えません。関ジャニ∞での自分の役割、そして今後の個人の展望をどう考えていますか?)

 僕は仕事において、理念なき行動はしないようにしています。

 展望や目標を語らずにサプライズを届けたい

 実現させたいワクワクすることはメンバーには話しています

 納得してもらうには、この先の活動を見てもらうのが一番かもしれませんね

 
改めて読み返すと、2019年12月現在の大倉くんとの考え方の変化をより深く感じる言葉とか、もしかしてこんな意味も含まれていたのかなーと推測せざるを得ない回答もあり、胸がギュッとなった。所詮推測でしかないのであれだけど。

恐らくこの頃は不穏な空気とかはさほど感じてなくて、モヤモヤは「ジュニアプロデュース業、異常なまでに多すぎじゃない???」ということくらいだった。最後の質問は、なかなかに辛辣な言葉だなと思ったし共感はこれっぽっちもしなかったけど、今の大倉くんを見ていてそういう気持ちになる動向はなんとなくわかるかもなぁ…とは、正直思ってたかな。

 

 

 

 

 

「あまりに動きがなかった2019年上半期」である3月5日に発売された、crystal期の数少ないプロモーションのうちの一つ・『音楽と人』の中で、大倉くんはこう語っていた。

 

ここまでの歩みを振り返って、もう一回、未来への展望みたいなものを考える時期になったんです。

(そうすると、どんなことを思うものですか?)

もうしばらくここにいたいな、って

 
この雑誌が出る少し前あたりから、不穏な空気を感じ始めていた。実際に噂が流れ始めたのもこの辺。発売されて速攻買っておいたくせに、なんとなく怖くって、ずっと読めずにいた。TLに並ぶ感想をチラッと見て「ああ今のわたしじゃ受け止められるかわからない…また今度読むことにしよう…」と思い、そこからずるずると先延ばしにし続けていたのだ。

けれど、あまりの動きのなさと不穏すぎる空気に耐えられず、少しでも多く関ジャニ∞を摂取したくなり、6月にようやく手をつけた。

そんな中でも、この大倉くんの言葉が、6月のわたしにとっては色々な意味ですごく衝撃的だった。

 

まず最初に、安心を覚えた。この時期、亮ちゃんだけでなく、大倉くんを取り巻く噂もうっすらと流れていた。それに関しては最初からさほど信憑性を感じてなかったんだけど、このインタビューを読み、あれはガセだとはっきりと確信した。

未来への展望を考えた答えが、ほかでもない「もうしばらくここにいたい」という回答だったこと。もしもどこか違う道に進むことを考えているなら、大倉くんはこんなことは言わないはずだ。と、なんの根拠もないし、わたしの都合の良い解釈かもしれないけど、なんの疑いもなくそう思った。そう言ってくれたことに嬉しさが込み上げたし、安心した。「あの時はああ言ってたのに」は嫌いだけど、この言葉は、当時のわたしにとっての心強すぎるお守りになっていた。

 

しかし同時に、裏で本当に何かが起きているのかもしれないなぁ…とも、ぼんやりだけど思った。

あの大倉くんが未来を考えた際に浮かぶのが「こういうことをしたい」「こんな自分になりたい」などではなく、現状維持を望む言葉。亮ちゃんの噂が関係あるかはわからないけど、大倉くんのすぐそばで、何か大きな部分が変わろうとしてるのかもしれない、そして大倉くんは、それと戦っているのかもしれない。みたいな感想を抱いてた。で、このときわたしの頭に浮かんだのは、『亮ちゃんの脱退』もしくは『グループの停止』。大倉くんがただひとり、グループから去ることはありえないと思ってた。

 

けどまあ、わたしの「かもしれない」は大抵そうじゃなかったりすることが多いので、自分の勘はあまり信じすぎず、わたしの精神衛生的に都合の良い未来、つまり六人の永遠を必死に信じてた。

もしかしたら…とは心の片隅で思いながらも、悲しい未来に向けての覚悟なんて、まるで準備していなかった。

 

 

 

 

 

 

一部では「六人で」という、(当時のわたしにとっては)当たり前にも程がある紹介文がついて回りながらも発表された十五祭ツアーが、7月14日から幕を開けた。

 

初日にあの映像が流れた時、

僕たちが最低な時も、最弱な時も、ずっと愛し続けてください

という大倉くんの言葉にすこしびっくりしたのを覚えている。最低で最弱、という表現もそうなんだけど、なによりも大倉くんが「愛し続けてください」と言い切ったことが、なんだかすごく珍しく感じた。し、これは大倉くんなりになにかを匂わせているのでは…と胸がざわざわした。最後の挨拶が本人たちから直接ではなく映像という点にも、なにも感じなかったわけではない。何度足を運んでも、本編で楽しそうな六人を観ていても、セトリがハードだから休憩時間にあてたかったのかなぁなどと少しでも都合の良い解釈を当てはめようとしてみても、「何故今このタイミングで、生の声を聞かせてもらえないんだろう?」の気持ちは、ずっとこびりついて消えなかった。

別々のタイミングであっても、たとえ違う場所にいても、いずれは綺麗な花を咲かせてくれるといいなと僕は思ってます

という言葉もあった。この言葉に亮ちゃんや他のメンバーを含んでいるとしても、すばるくんだけのことにしても、大倉くんは去っていった(もしくはこれから去っていく)仲間のことにも触れる人なんだよなあ…と、公演を重ね何度も同じ映像を観ていくごとに、心臓をじりじりと握りしめられていくような苦しさがあった。

 

それでも、十五祭は楽しかった。毎公演楽しくて、楽しすぎて、あの空間の中にいる間は、なんにも考えずに六人を好きでいられた。あんなにきらきらして、不安を払拭してくれて、入り込むたびに前を向けた、2019年の夏を最高な思い出にしてくれたあの空間、ずっと忘れたくないなと強く思う。

 

最終日。

ダブルアンコールを終え彼らがステージから去った時、モニターにスライドショーが流れ始めた。15年間を振り返るかのような写真たち。からの心臓に悪いカウントダウン。まさか…と心臓がはちきれそうなくらい嫌にどきどきした後、画面に表示されたのは「to be continued」の文字。

この一連の流れで、わたしはすっかり安堵してしまったのだ。ああ、あの噂は嘘だったのか。なぁんだ。色々と協議中だったものが、いい感じに落ち着いたのかもしれない。これまでだんまりだったのも、この演出を盛り上げるための一つの作戦だったのかもしれない。なんて能天気なことを考えながら、9月3日の夜、回転扉の強風に背中を押されて東京ドームを出た。

 

 

 

9月5日、亮ちゃんの脱退が発表された。朝からどうしても目に入っていた「今日発表される」という情報が、本当だった。仕事中突然嫌な予感が胸をよぎり、いやまさかなあと思いながらスマホを開いたらまっさきに文字が目に飛び込んできて、手が震え、まともに仕事にならず、逃げるように定時で退勤した。

 

亮ちゃんの名前をあからさまに出さずに、笑顔を浮かべながら新体制や47都道府県ツアーを告知する五人の動画を観た。

これに対していろんな意見を見かけたけど、わたしは「ああ、みんな納得の上での脱退なんだろうな」と安堵した。2018年4月14日、涙声になりながらラジオで言葉を紡ぎ、翌日4月15日にはふてくされた態度で会見に臨んだ大倉くん。けれど、2019年はこれっぽっちもそんな態度を見せなかった。ずっと笑ってて、どんな時も力強く言葉をくれて、いつだって楽しそうだった。あの頃はそんな大倉くんの姿を疑惑の否定材料に使ってしまっていたけど、すべての真実が分かった以上、言い方は悪いけど「きっと亮ちゃんの脱退が決まってから今日までの日は、悲しいばかりの日々ではなかったんだろうな」「これからの関ジャニ∞の未来に向けて、現時点で既に希望を見つけられているのかもしれないな」と勝手に解釈し、(いじわるな表現だけど)へらへらと五人体制を発表できる五人に、どこか安心を覚えた。

 

 

その日、村上くんの移動バスに乗り込み、一緒に取材を受けた大倉くん。はっきりと「僕は辞めません」と言葉にし、一連の自分に関する噂を否定してくれた。どういう流れで取材を受けることになったのかなんてわからないけど、わざわざメンバーの移動に同乗し、すぐさまその言葉をくれたことに、胸が張り裂けるような心地がした。

前述の通りわたしは、『大倉くんが誰かを残して関ジャニ∞を脱退する』という未来は全く考えていなかった。それでもきっぱりと言い切ってもらえたことはすごく嬉しかったし、改めて言葉にしてくれた大倉くんに、また新鮮味を覚えた。大倉くんはずっといつだって強いけれど、そういう形の強さと優しさも持っていたなんて知らなかった。後述になるけど、「本音をぶつける」ようになった大倉くんは既にここから始まってるのかなあ、と、この記事を書いている今ふと浮かんだ。まあわからんけど。

一度まっさらな状態でこの先の展望を考える機会を与えられ、その上で「関ジャニ∞としての道を歩き続ける」という答えを3月末に出したのに、それと反する報道をされ続け、それでも否定できなかった大倉くんを思うと、とても苦しくて仕方なかった。3月16日のANNで大倉くんは、「仕事上言いたいけど言えないこともある」とも言っていて。この時、その「言えないこと」であるうちのひとつを解放できたようにも思えて、勝手ながら安心した。

 

 

 

9月7日、大倉くんがラジオで手紙を読んでくれた。

みなさんにたくさんの夢も叶えてもらって、たくさんの素敵な景色も見させてもらいました。その時の僕は、グループとは永遠に続くものだと当たり前のように思っていました。

ですが、すばるくんの脱退ということで永遠はないのだと改めて知り、ヤスの病気で命について深く考え、濃い2年間を過ごしてきました。

七人が六人になること。世間からは一人減るだけ。言葉にすればそれで終わりですが、そんな簡単なことではありませんでした。一人がいなくなることにより、絶妙に保っていたバランスが急に崩れてしまいました。

そこからヤスが動けない状態での五大ドームツアー。どうにかみんなに気付かれないように頑張っていたんですけれど、心は擦り切れて限界に近づいていました。

そして、そんな状態でこの六人でこれからどうやってアプローチしていくんだという会話をはじめました。でも今で精一杯なのに来年のことなんて考えられないと、2004年に活動を始めてから、初めて立ち止まりました。

 

そこから六人になった自分たちの方向性、来年はどうするんだと何も見えない中、手探りで話しあい、一度立ち止まろうとか、全員がグループを閉じる覚悟もしたはずです。そんな心の状態で話しても、ネガティブな意見しか出ないはずです。それでも六人で時間をかけてたくさん話し合った結果、今この選択になりました。

3月末にはいまの状態になることが決まり、約半年、どうやったらエイターのみんなが安心してくれるんだろうとすごく考えた結果、いつかもう一度やりたかった47都道府県ツアーでみんなに直接会いたい、とスタッフに申し出ました。

新しい僕らの方向性も示さなきゃいけない。複雑なエイターの子たちにこれで進んでいくんだと決意、覚悟を見せなきゃいけない。正直ハードルは高いと思います。でも傷だらけでも、泥臭くても、前を向いて上を目指していこうと。僕らはもともとあきらめの悪い人たちです。こんな状態でも頑張っていこうと、今五人で結束しています。

まだ発表されて2日。エイターのみんなも気持ちが追いついてないと思います。素直に応援できない人もいると思います。実際、五人になって覚悟できていたはずの僕もぽっかり心に穴が空いたみたいですけど。うん、すげえ寂しいですね。

でも一歩ずつゆっくりでいいから、歩き出さなきゃいけないと、僕たちは歩き出そうとしています。でもみんなはまだ、立ち止まっててもいいかなと。後ろを振り返っていても全然大丈夫です。時間が経って前を向いたときに、ちゃんと僕たちがそばに立っていられるように、笑顔で迎えられるように、準備をします。

やっぱりいろいろあった2年間はめっちゃしんどかった。でも改めて僕は関ジャニ∞というグループを愛しているんだと再確認できる時間でもありました。

今まで夢を見て過ごしてきた15年間は僕にとって、本当に宝物のようなキラキラした、僕にとっての青春です。だからこそ15年を祝ってもらう、自分たちにとってもめでたいライブを悲しいものにしたくない。そしてエイターのみんなには心から楽しんでほしいという思いから、発表はライブが終わってからということに決めました。

僕の横には仲間がいます。重い荷物を分けて持ってくれる頼もしいお兄ちゃんたちがいます。

なので、大丈夫です。泣きたいときは泣きますし、辛いときはしんどいってちゃんと言います。みんなも自分の気持ちには嘘をつかず、五人になった僕たちに正直に向き合ってくれて大丈夫です。

エイターのみんなには本当にすごく感謝しています。あなたたちがいたから、この半年間ずっと笑顔でいられました。

みんなも日々辛いこと、悲しいこと、たくさんあるよね。でもだからこそ、ライブで笑顔で会えるあの瞬間がすごい幸せだよね。まあ明日からお互いがんばって、またライブで会えるときは、泣いててもいいから、笑顔で会えるといいなと思ってます。

お互い元気もらって、支え合って、ここまで来られたと自分では思っているんで、これからもこんな大変な俺たちだけどよろしくお願いします。

 

わたしは(わたしの周りのなかでは)比較的立ち直りが早い方で、この頃にはすでに六人のエイトへの未練はほとんどなくって、五人のエイトの未来がとても楽しみになっていた。その「楽しみ」が、この日のラジオでさらに確信に変わったことをはっきりと覚えている。まだ前を向けない人たちにも寄り添いながらも、五人で結束し、前に突き進んでいこうとする関ジャニ∞が、ひたすらに眩しくて、だいすきだと思った。

 

けれど、ひとつだけ、何度聴いても苦しくて仕方ない部分がある。

これはメンバーも関係なく事務所も関係なく、個人的な意見を言わせてもらいますが、こういうことがあると、いつも突然だから安心できないよね。もし次こういうことがあるなら、僕はもう終わりでいいと思うし、ちゃんとお互い心の準備ができるよう発表したいと自分は思ってます。

リアリストでありながらもグループに永遠を見出していた大倉くんに、関ジャニ∞に対して深い愛情やこだわりを持っている大倉くんに、「もし次こういうことがまたあったらもう終わりでいい」と言わなければならない未来訪れてしまったことが、本当に本当に悔しかった。ずっとここまで走り続けてきて、これからも走り続けることを決めた人が、新たなスタートの段階で「そういう未来が訪れたら終わろう」と思わなければならないこと。すごく残酷だと思った。悔しくて仕方なかった。そう言わしめてしまったすばるくんと亮ちゃんのことがひどく恨めしいし、たぶん、一生許せる日は来ない。

 

 

関ジャムフェスが発表されたり、それが台風で中止になったり、友よのリリースが発表されたり、47ツアーが始まったり、…などを経て、友よの発売前日である11月25日。あのくらすますが更新された。

明るいグループでいようと弱音を吐くことも少なく、そうすることで自分を保ってたけど、ある時になにも考えずとも言葉が出てきた。これが本音なんだと気付いた。そこからは、飾ることはもうやめよう。自分たちをよく見せようなんて思わないようにしようと決めた。

自分たちの活動を人生の一部にしてくれてる人たちにもっと頼ってもいいんじゃないか?というより、一緒に生きていきたい。僕らの夢を自分の夢にしてくれた人たちのことを、なぜ信頼して本音をぶつけられなかったんだろうと反省した。

もう過去を振り返るのはこのくらいでいいだろう。だってもう新しいチャプターが始まったんだから」新しい夢だってできたよ!また素晴らしい景色を見ること。宣言する。手伝って!笑

関ジャニ∞ 第2章

友よ

いよいよ発売!

がっつり書くことはできないけど、そんなようなことを大倉くんが書いてくれた。びっくりしたし、たぶん9月7日ぶりに関ジャニ∞のことで泣いた(意外と短期間)。

ずっと飄々としていて、きらきらしてて、しんどさを感じさせず、いつも通りでいてくれて、こちらに手助けを呼びかけるまでもなく自分たちの力で道を切り拓き、ここまで辿り着いてきた関ジャニ∞。わたしはずっと、彼らのそんな強さに心を救われていたし、そういてくれる彼らに安心を覚えていた。

そんな大倉くんが、「手伝って」とこちらに呼びかけてくれた。関ジャニ∞の夢がわたしたちの夢でもあると知ってくれてた。夢を叶える一員に入れてくれた。もちろんそんな言葉がなくたって、五人の関ジャニ∞をまたドームに連れていくと胸に誓ってた。ここが正念場だということも薄々感じてた。でも、大倉くんのあの更新で一気にその熱が限界突破レベルに奮い立たせられたし、それがあの「#なぁ友よ」レンジャーにも繋がった。大倉くんはわたしたちを動かす天才だな…と確信した。

 

 

 

明けて11月26日、友よが発売された。

セブンイレブン盤に収録されている「ぼちぼち大切な夜」は、9月4日から5日に撮影された、亮ちゃんの脱退が発表される前、そして五人初のアー写が撮影される前の五人を収めた映像。屋外で賑やかにバーベキューを楽しんだ後、室内に入り五人きりになってからの、大倉くんの言葉たち。

 

ほんまつらかった。

運命って選ばれへん。色々あがいたりしたけど。

もう、脱退はもうやめよう…。

(「お前逃亡するんやろ?」)

なんで俺逃亡するってなってんの?

(「逃亡せえへんの?」)

逃亡せえへんわい!なんで俺だけ逃げんねんと思って

もう、辞めるときは、閉じるときはみんなで。

もう、ここからは閉じよう。それはもうちゃんと言おう、ファンに向けても。

五人として、俺はまだ全然諦めてないから。

色々あったけど、気持ちとしては全然、若い子に負けず…

 

どれも9月7日のラジオで読み上げてくれていた言葉ばかりだった。あの日の手紙は、メンバーといる時に溢れ出た本心をそのままわたしたちに伝えてくれたんだという裏付けになっているような気がして、胸に強く響いた。「ほんまつらかった」と絞り出すようにつぶやく大倉くんの声も頭から離れない。「お兄ちゃんたちの前ではしんどいと言う」大倉くんの姿が観られて、適している感想ではないと思うけど、嬉しかったし、安心した。

また、関ジャニ∞というグループに夢を見続けている大倉くんが五人としてまだ諦めていないこと・ジュニアのプロデュースも手がけるようになった大倉くんが「若い子たちに負けない」というマインドを持ち続けていてくれたことも知れた。疑ったりはしていないけど求めるのも違うなと思っていたことを、明確に言葉にしてくれたことが、何よりも嬉しかった。

 

その特典のラストシーンには、撮影から一ヶ月半後である映像編集最終日にディレクターさんに「話し足りないことはないですか」と言われた大倉くんが、ひとりマイクに向かう姿が映し出されていた。

「複雑な心境になる人たちがいることも分かった上でありのままの自分たちを観てもらえるよう五人でディレクターさんにお願いした」と語った大倉くんは、こう続けた。

わちゃわちゃしながらなんか悲しいことがあるとこうやって笑いながら乗り越えてきた、本当の姿というか裏の姿なんですかね。でも、こういう日が僕たちにはすごく大事で、今までの15年間の間にもたくさんありました。

この姿を見て、いろんな思いをしてる人たちが、未来にこれでよかったんだと、これが正解だったんだなと思えるように、僕たち頑張っていきます

大倉くん曰く「明るいグループを貫いてきて、弱音を見せないことによって自分たちを保ってきた」という関ジャニ∞の、本当の姿をほんの一部だけ垣間見たような気がした。

関ジャニ∞は変わったんだろうな、と思った。わたしが好きになった頃の関ジャニ∞とは、姿形はもちろんのこと、中身や、わたしたちとの関係性も、恐らくだけどずいぶんと変わったように感じる。今まではずっと変わらぬ姿で、いつだって楽しそうな姿ばかりを見せてくれていた。けど本当は、裏では様々なことが起きて、ネガティブなことも考えたりして。そんな姿すらも見せてくれるようになったことに、勝手ながら、彼らの中でわたしたちファンの存在がより大きくなった気がして嬉しかった。思い返してみれば、わたしはいつだって、今この瞬間の関ジャニ∞が一番好きだ。

 

映像の最後は、次の言葉で締め括られていた。

関ジャニ∞、五人のストーリーは、ここから始まります。

この言葉を聞いたとき、10/10のレンジャーにおいて、中止になってしまったドリフェスのことを「僕たちの新始動」と表現していた大倉くんを思い出した。「再始動」という言葉が使われがちだけど、そうじゃなくて、「新始動」だったのが、じんわりとあたたかく胸に残り続けていた。

そうだよね。ここから五人による第二章のストーリーが始まるから、再じゃなくて新なんだなあ。

 

わたしは正直、大倉くんが、何よりも愛していたグループの形が崩れていってもなお関ジャニ∞を頑張ろうとしてくれるのは何故なんだろう、ということをずっと考えていて。大倉くんがグループを脱退するなんて思ったこともないんだけど、あの決断が奇跡のようにも思えていた。なんだか矛盾してるけど。

けど、その答えが、この映像に詰まっているような気がした。何があったって関ジャニ∞を諦めない大倉くん、関ジャニ∞に希望や夢を見いだし続ける大倉くん。だからこの人が好きなんだな、と思わされた。

 

 

 

12月25日、くらすます。大倉くんが掲げていた、記念すべき400更新目。

2020年、はっきり言ってやる!絶対またドームに戻ってきます!

いままでは着いてこいなんてカッコよく言ってたけど、みんなを連れていきたい。またあの景色が見たい

5人でもドームが揺らせるってこと証明したい

やってやろうぜ!

いつも通りのふわふわした文章でだけど、力強くそう綴られていた。またドームに立ちたいと、はっきりと言葉にしてくれた。そう言ってもらえる今が幸せだなと心から思ったし、いやいやそんな、こちらこそ連れて行かせてください…という気持ちになった。

 

 

年最後に発送された会報では、「上半期はあまりに動きがなくて不安にさせてしまったかもしれないよね」と言ってくれていた。

上半期は本当に、エイト側も辛かった思うけど、わたしもとても辛かった。Twitterを開けば見たくない言葉たちばかり並んでて、おたくに会っても出てくるのはネガティブな話題ばかりで、大好きな新曲もテレビ番組では全く披露されず。じわじわと首を締められていくようなあの異様な空気、もう二度と味わいたくない。大倉くんは、そんなわたしたちにも気付いてくれてたんだな〜と思うとちょっと泣けた。今になって当時のわたしたちに寄り添ってくれる言葉をくれる大倉くんが愛おしくて仕方なかった。

 

 

 

 

ざっと振り返って、2019年はこんな一年でした。

 

 

 

年始のレンジャーでは

想いを分かられながら仕事するなんてつまらないじゃない

みんなが弱ってる時、安心してくれるならその時は解放して本音で語ります

展望や目標を語らずサプライズで届けたい

と言っていた大倉くんが、年末のくらすますでは

僕らの夢を自分の夢にしてくれた人を何故もっと信頼して本音をぶつけられなかったんだろう

新しい夢もできたよ。また素晴らしい景色を一緒に見ること。手伝って!

もうはっきり言ってやる!絶対またドームに戻ってやります!

と綴ってくれた。すごく大きな変化だなと思った。

この変化の元を辿ればもちろん悲しいけど、こんな言葉を頂ける未来が待ってるなんて、本当に本当にあの頃は考えられなかった。強いられた環境において最大限の正解と強さを叩き出す関ジャニ∞のことが、あまりにもだいすきすぎるなと噛み締めた。この先の関ジャニ∞も変わらず、なんなら今まで以上に楽しみで仕方ない。

 

 

 

1月3日のレンジャーの「いい乾杯はできましたか」の質問に、「いい乾杯したいよね」と、曖昧に答えていた大倉くん。

大倉くんにとっての一年はいつなのかは結局わからないままだけど、今年こそはできるといいな。できますように。あわよくば、またドームで一緒に乾杯させてください。

 

 

さてもうすぐ2019年が終わる。つまり、2020年が始まる!どんな一年になるかな!

五人のおかげで、これからが楽しみで仕方ないよ。

 

今年1年、本当にありがとうございました。

来年もたくさんの思い出を作らせてください。

関ジャニ∞がだいすき!